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青ネーム
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おぬしが、あのお方にふさわしい人物か見極めねば、通すことは出来ぬ。 尋常に勝負せよ。
「丹波の赤鬼」という名で知られる、丹波の豪族赤井氏の当主。
幼少の頃、育ての親であった荻野伊予守を殺害して丹波の黒井城を奪ったことから「悪右衛門」と称せられる。
また軍略に長け、武勇の誉れ高いことから「丹波の赤鬼」とも呼ばれた。
その後、丹波に山名氏が侵入した際にこれを撃退し、逆侵攻をかけられた山名氏が織田を頼ったため、織田家は丹波侵攻を決意する。
赤井直正は「丹波鬼」波多野宗高や「丹波の青鬼」籾井教業などの豪族と共にこれに共同して当たり、織田軍を数度撃退したという。
しかし49歳の頃、病を得て死去。以来赤井氏は急速に弱体化し、織田家に吸収されることとなる。
この際投降の使者として訪れた脇坂安治には貂の革でできた槍鞘を、死後の赤井氏の後継は藤堂高虎が引き取ったという。