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ひげ一家の生活から人生の素晴らしさを知ってもらおうと書いていますひげひげ人生劇場。今回は悪ひげシリーズ最終回です。
夕暮れに染まる稲葉山に新米屯所兵が駆け込んできます。木箱を抱えた新米は誰かを探しているようです。たくさんの人々で賑わう稲葉山の城門。ウロウロと歩き回っていた新米の動きが止まります。そしてその新米の視線の先には悪ひげがいました。。。
青ひげじいさんの元に一通の手紙が届きます。手紙を読むと青ひげじいさんの顔は青ざめました。そして急ぎ足で知人の家へ向かいます。
青ひげじいさんに呼ばれ侍、忍び、尼僧、鍛冶屋、薬師、陰陽師がやって来ます。どの顔も青ひげじいさんにとっては頼りになる昔からの友でした。そして青ひげじいさんは友に手紙を見せます。手紙を読むと皆、押し黙ってしまいます。その場の空気だけが止まったようでした。
それから数日後。。。
駿府潜入の任務を見事果たして、そろそろ与力への昇進の話も出てきている悪ひげの元に、青ひげじいさんより手紙が届きます。『大事な話があるので至急稲葉山にくるように』と綴られた手紙。青ひげじいさんから呼び出しをされるのは始めてのこと、何か悪い予感が頭をよぎり、不安に駆られつつも急ぎ準備をする悪ひげでした。
稲葉山では、青ひげじいさんとその友を見送る壮行会がしめやかに行われていました。皆、口を開こうとはしません。ただ黙って握手をしたり抱き合ったりしています。そこに悪ひげがやってきました。その場の雰囲気から事態が決して思わしくないことを悪ひげは悟ります。
青ひげじいさん『む。。。来たか悪ひげや。。。』
皆に後押しされ悪ひげは青ひげじいさんの前まできます。
悪ひげ『じいじ。。。?』
悪ひげは不安そうに青ひげじいさんを見上げます。周りの者は気を遣ってその場から離れていきます。
青ひげじいさんと悪ひげだけが取り残されました。昼下がりの稲葉山。辺りを静寂が支配していました。
悪ひげ『じいじ。。。?』
静寂に耐えかねて悪ひげが沈黙を破ります。
青ひげじいさんはそっと微笑むと悪ひげの頬を撫でます。
青ひげじいさん『。。。悪ひげや、今日でじいじとはお別れだ。。。』
悪ひげ『。。。えっ!?』
驚く悪ひげ。事態が飲み込めません。
悪ひげ『なんで?なんで、じいじ?』
青ひげじいさんは悪ひげから目を逸らします。
青ひげじいさん『。。。今の世の中はあまりにも悲惨じゃ。人心は乱れ各地で魑魅魍魎が跋扈しておる。それを治め、退治すべきである各大名も己らの領土を広げる為に戦に明け暮れる毎日。もはや神に守られていた我が日ノ本の社稷は失われてしまった。。。』
そこで青ひげじいさんは一旦言葉を切りました。悪ひげはただ黙って青ひげじいさんを見つめています。
青ひげじいさん『御館様こそがこの乱世を終わらせることができるものと思い身命を賭して忠勤に励んだのだが、御館様も他の者と変りはなかった。。。』
青ひげじいさんはとても悲しそうでした。
青ひげじいさん『ワシはかねてより、この人心の乱れの原因を探っておったのだが、どうやらこの乱れた世の元凶は黄泉の国の八雷神が手を引いているらしいのじゃ。かつてイザナミの体に巣食っていた大雷・火雷・黒雷・柞雷・若雷・土雷・鳴雷・伏雷の八雷神。ようやく居所を掴めたのだ。伏雷と鳴雷は比叡山叢雲堂に。そして土雷は霊峰富士に。』
青ひげじいさんは悪ひげを見据えます。
青ひげじいさん『ワシは行かねばならん。。。富士からは毎日のように死人が溢れ出てきているそうな。。。この乱世の元凶である土雷を討たねばならぬ。』
青ひげじいさんは胸から紋を取り出し悪ひげに渡します。
青ひげじいさん『これは代々ひげ宗家に伝わる物で、ひげ宗家頭首の証でもある。これをお前に授ける。。。これからはお前がひげ宗家4代目頭首としてひげの家を守っていくのだ』
今まで黙って聞いていた悪ひげの肩が震えています。
悪ひげ『。。。そんなの。。。そんなの勝手だよっ!いきなり4代目継がせたり、八雷神だかなんだか知らないけどそんな危険そうなヤツを倒しに行くだなんて!』
青ひげじいさんは悪ひげの頭を撫でようとしますが悪ひげに手を払われます。
悪ひげ『なんでじいじが行く必要あるの!?そんなの他の人に任せればいいじゃない!』
青ひげじいさん『。。。もう決まったことなのだ。せがれが合戦で戦死した時から決まっていたことなのだよ。。。友も皆、この乱世によってかけがえのないものを失った。皆、ワシと同じ思いじゃろう』
悪ひげ『そんなの。。。私知らないよっ! じいじ、行ったら殺されちゃうよ。。。』
言葉に詰まる青ひげじいさん。
悪ひげ『行かないでじいじ。。。私これからもっと良い子になるから。。。じいじが言うようにちゃんと剣のお稽古もするから。。。だから、だから行かないでじいじ。。。』
青ひげじいさんは熱いものが込み上げてくるのを抑えることができません。
青ひげじいさん『ワシとてお前との別れは辛い。。。この身を裂かれるような辛さだ。。。しかしもうこれ以上、親のない子供、そして親よりも先に死ぬ子供がいてはならぬ。。。』
言葉にならない声を叫びながら悪ひげは青ひげじいさんに泣きすがります。しかし青ひげじいさんは悪ひげを引き離し、頬を張ります。
青ひげじいさん『ひげ宗家4代目ともあろうものが、いつまでもそんな弱音を吐いていてどうする!』
叩いた右の掌がたまらなく痛いです。痛すぎて震えが止まりません。
じいじに叩かれたのはこれが2度目。悪ひげはあふれ出てくる涙を 懸命に堪えます。
青ひげじいさん『。。。約束しよう。一ヵ月後の今日、ワシは必ず稲葉山に帰ってくる』
悪ひげは頷きます。その手にはしっかりとひげ宗家の証が握られていました。
青ひげじいさんは友と一緒に旅立って行きました。その姿をいつまでも見送る悪ひげ。『じいじは必ず帰ってきてくれる!!』と信じて。。。
美濃の関所まで来た青ひげじいさん。後ろを振り返ります。長年過ごした美濃。思い出つまったこの土地がいつもとは違って見えました。
そこで青ひげじいさんはあることを思い出し、荷物から木箱を取り出します。そして近くにいた新米屯所兵を呼びます。
青ひげじいさん『ワシは稲葉隊の青ひげじゃ。お主にこれを預かっていてもらいたい』
そう言うと木箱を新米に渡します。
それから富士までは順調に進むことができました。そして遂に富士地下洞窟の入り口まで辿り着いた青ひげじいさん。
青ひげじいさん『なるほど。。。確かに禍々しい臭気を放っておるわ』
青ひげじいさんは弓を持つ手に力を込めると富士地下洞窟の中に入っていきました。
それから数日。。。
今日は青ひげじいさんとの約束の日です。悪ひげは朝早くから稲葉山に来ていました。そして城門に立ち、青ひげじいさんの帰りを今か今かと待ちわびているのです。
しかし昼になり夕方になっても青ひげじいさんは帰って来ません。それでも信じて悪ひげは待ちます。
すると、悪ひげに近づいてくる一人の男が。悪ひげは期待に胸を膨らませ、その男に振り向きます。
しかしその男は青ひげじいさんではありませんでした。見たところ、どうやら新米の屯所兵のようです。驚いている悪ひげをよそに、新米は話を切り出しました。
新米『あの〜 人違いでしたらすいません。。。もしかして悪ひげさんですか?』
驚きながらも頷く悪ひげ。
新米『えっとですね。。。私は青ひげ様に頼まれてここにきました』
悪ひげ『えっ!じいじに?じいじはどこにいるんですか?』
新米に掴みかかって行く悪ひげ。
新米『あ、いや、その。。。私は頼まれただけですから。。。』
我に返る悪ひげ。
悪ひげ『あ、すいません。。。取り乱してしまって。。。それで私に何か?』
新米『はい。青ひげ様よりお預かりしているものがございます』
そう言うと新米は木箱を悪ひげに差し出します。
新米『一ヶ月前の話しですが、関所で青ひげ様からこの木箱をお預かりしたのです。それで一ヶ月経っても青ひげ様が取りに戻られぬ場合は、稲葉山に行きあなたに渡してもらいたいとのことでした。三河のくの一で頭に鬼の立物付けてるからすぐ分かるとおっしゃっていましたが、いやー探すのに苦労しましたよ。なんてったってね。。。』
悪ひげ『他に何か言っていませんでしたか!?』
新米の話に途中で割って入る悪ひげ。悪ひげの迫力に押され新米はたじろきます。
新米『い、いえ。。。特には』
悪ひげ『そうですか。。。わざわざありがとうございました』
新米『いえ。。。それでは私は仕事がありますので。。。』
新米は悪ひげに頭を下げ足早に立ち去っていきました。
一人残された悪ひげ。その手には木箱がありました。
そっと木箱の蓋を取ってみました。すると中には真綿にくるまれた金細工の首飾りが入っていました。
かつての青ひげじいさんの言葉を思い出します。
震える手で首に金細工の首飾りをかけてみます。長くもなく短くもなくちょうど良い長さです。
悪ひげ『じいじったらこんな昔のこと憶えていてくれたんだ。。。』
いつも優しかったじいじ、困っていると助けてくれたじいじ、そして何よりも自分のことを愛でてくれたじいじ。。。思い出すたびに大粒の涙がいくつもいくつもこぼれるのでした。。。
それからの悪ひげがどうなったのか。。。青ひげじいさんの意思を継ぎ、ひげ宗家4代目として活躍したのかもしれません。。。
乱れた世に一輪だけ咲いた悪ひげという名の花。たくさんの人に守られ愛され見事な花を咲かせたに違いありません。。。
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