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- 姥捨て山 へ行く。
ひげ宗家初代頭首の赤ひげ。彼もまた数々の逸話が残されています。今回はそんな赤ひげのお話。。。
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悪ひげが生まれるずっとずっと昔の話。応仁の乱以降、各地で紛争が勃発。世の中は乱世に呑まれようとしていました。。。
相次ぐ合戦。武士であろうとなかろうと徴兵され戦地に送られます。村々から若者がいなくなり土地は枯れて行く一方でした。
また戦火で家を焼かれた者達、戦に巻き込まれ父を、母を、娘を、息子を殺された人々。明日食べる食料すら手に入らない。
八百万の神々により作られ、かつては日の本と呼ばれた国のはずが、今では怒りと悲しみに満ちた地獄と化していました。
そんな生き地獄に誘われたのか、それとも人々の強い負の思念が生み出したのか、世の中に『魔物』がはびこるようになります。そして『魔物』は巧みに時の権力者達にも取り入り次第に数を増やしていったのです。。。
信濃。。。
一年を通して豪雪地帯で知られる山岳地帯。しかしここにも戦乱の雲は広がっていました。豪族同士が互いの利権をかけ何度も衝突。その度に多くの犠牲者が出て、降り積もった雪が紅に染まるのでした。
生きていくのに必死な農民達は少しでも食い扶持を減らすため年老いた者や、生まれたばかりの赤ん坊を間引きするほか仕方ありません。子が親を捨て、親が子を捨てるのです。
いつしかそういった捨てられた者達の無念の思いが世を恨む魔物として生み出されます。
希望無き明日。人々はただ神仏にすがり念仏を唱えるしかなかったのです。。。
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ある日、そんな信濃にどこからやって来たのか一人の修行僧がやってきました。しかしその姿は決して仏の教えを学んだ高貴な僧の姿ではありません。着ている袈裟はボロボロ。錫丈の変わりに木の杖をついて歩く姿は、食べ物に困り果てた物乞いのよう。見ようによっては乞食ととられても仕方のない格好でした。
行き先があるのかそれともあてなどないのか、雨が降ろうが、雪が降ろうがフラフラと街道を歩いて行きます。
山菜を摘んで食事とし、手ごろな廃屋で疲れを癒しまた歩き続けます。
信濃にまた冷たく暗い夜が訪れかけていた頃、僧の行く手に小さな灯りが一つ二つと見えてきます。
そこはとても小さな集落でした。僧はその集落の家の戸を叩きます。
中からはいぶかしげな顔をした老人がでてきました。
僧『一夜の宿をお借りしたのだが』
老人は僧をしげしげと観察してから、ため息をつきました
老人『。。。食いもんなどありゃしないが、せめて暖でもとっていきなされ』
そういって老人は僧を招き入れました。
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老人は庵に薪をくべながら僧をしげしげと見ていました。
赤ひげはそんな老人の視線を意に介さず袈裟に積もっている雪を払います。
老人『お前さん、見たとこ御坊のようだが、その身なりはどうなすったのじゃ?』
僧『ああ、これは失礼。私、赤ひげというしみったれた坊主です。相模のとある寺で修行していた僧ですが、分け合ってその寺を追い出されましてね。』
赤ひげはそういうとにかっと笑みを作ります。
老人『。。。この世に神も仏もおるんかのぅ。。。ワシらはただ死を待つばかりじゃ。。。』
老人は深いため息をつきました。赤ひげはそんな老人を拝みます。
赤ひげ『神や仏がいるかは私にも分かりません。ただ一つ分かることは明日もまた生きていかなくてはならぬということだけです』
老人はやれやれといったような様子です。
老人『はぁ。。。ご高説ありがたいことじゃ。じゃがこの地に鬼婆が棲みついている限りワシらの命もあと僅かじゃろう。。。』
赤ひげ『鬼婆!?ここらにはそんなものがおるのですか?』
老人『よそ者のお前さんが知らぬのも無理はない。。。ここらの村じゃどこでも口減らしの為に年老いた女は山に捨てられるんじゃよ。その女達の怨念かのぅ。。。最近ここらに鬼の顔をした女の化け物が現れるようになっての。村々を襲って子供をさらっていくんじゃよ』
赤ひげ『子供を。。。』
老人『村の男連中が退治しに向かったが誰一人帰ってこん』
赤ひげ『。。。』
老人『悪いことは言わん。お前さんも早々にこの地を離れたほうがええ』
老人はうつろな目で庵の火を眺めていました。
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翌朝。
老人は物音で目が醒めます。
そこには荷物を片付けている赤ひげの姿が。
老人『おやおや、早いのぅ。もう出立かね?』
赤ひげ『おはようございます!昨日話していた鬼婆とやらの姿を一目見たくてね』
老人の顔がみるみる青ざめていきます。
老人『なっ!?お前さん命が惜しくないか?相手は化け物じゃぞ?』
赤ひげは微笑んで手を休めます。
赤ひげ『私も僧の端くれ。。。魑魅魍魎どもと渡りあったことなどありますよ』
老人『今までどんな化け物と戦ってきたか知らんが、鬼婆には手を出したらいかん!退治できるなどとうぬぼれると命を奪われかねんぞ』
赤ひげ『。。。そこで命を奪われるようであればそれもまた私の運命でしょう』
老人は呆れてしまいます。そんな老人を尻目に赤ひげは準備を整え家を出ます。
赤ひげ『一宿の御恩感謝致します。貴殿に御仏の御加護のあらんことを。。。』
老人を拝むと赤ひげは早々に山に向かって歩き始めました。
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ポツリポツリと降り出した雪はいつしか吹雪になっていました。それはあたあかも赤ひげが山に入るのを拒むかのように。。。
赤ひげは手ごろな洞窟で吹雪から身を隠し、目を閉じ正座をして一心に念仏を唱えます。
それから3日。吹雪は一向に止む気配はありません。その間、赤ひげはずっと念仏を唱えています。
赤ひげが念仏を唱え初めて4日目の夜が来ようとしていた時、どこからかうなり声が聞こえるようになります。それは決して自然の風が作りだした音ではなく、憎しみと怒りの混ざった泣き声のようでした。
そしてそのうなり声はだんだんと赤ひげに近づいてきます。
赤ひげは念仏を唱えたまま立ち上がり、目を開きます。
すると吹雪の中をこちらにやってくる影が一つ。
赤ひげも洞窟を出て吹雪の中をやってきた影に向かって歩み寄ります。
赤ひげとその影が近づくにつれて不思議と吹雪が弱まっていきます。
影まであと数歩というところまでくると嘘のように吹雪がやんでいました。そしてその吹雪の中から現れたのは、ゆららゆらと揺れている狩衣を纏った般若でした。
赤ひげ『。。。っ!これが噂の鬼婆か』
鬼婆から発せられている妖気はすさまじく赤ひげはそれ以上鬼婆に近づくことができません。
鬼婆は笑っているのか泣いているのか分からない雄叫びを上げます。そしてその目が光った瞬間、赤ひげは金縛りに
かかってしまい、身動きが取れなくなってしまいます。
赤ひげは金縛りにあい体の自由を奪われても念仏を唱え続けます。
すると揺れていた鬼婆は動きを止めうなり声を出し始めます。
鬼婆『。。。オ前。。。。。。ワタシヲ。。。。。。。。。殺シニ。。。。。来タ。。。。。。』
その声は体のそこから震えが起きるようなすさまじく恐ろしい声でした。
赤ひげは念仏を止め鬼婆に叫びます。
赤ひげ『違う!私はそなたを退治しに来たのではない!』
鬼婆『。。。。ワタシ。。。。殺ソウトスル。。。者。。。。ワタシ殺ス!』
鬼婆はその鋭い爪をかかげ赤ひげに襲いかかってきました。
赤ひげも何とか金縛りからのがれ応戦の準備をします。
赤ひげ『やらねば。。。。やられるかっ!』
突進してくる鬼婆をかわし、赤ひげは両手で印を結びながら念仏を唱えます。するとその印からまばゆい光が現れ鬼婆に向かって飛んで行きました。
光は鬼婆に当たると破裂し辺り一面に広がります。
赤ひげ『やったか。。。?』
しかし、光の中から何事もなかったように鬼婆が突進してきました。
鋭い爪を振り回す鬼婆。赤ひげは間合いをとりながらなんとか応戦します。
しばらくして鬼婆の動きが止まりました。赤ひげもそんな鬼婆の様子を見守ります。
すると、次の瞬間鬼婆の口が開き、その頭上に大きな火の塊が出現します。そして鬼婆が赤ひげに向かって指を指すとその火の塊は赤ひげに向かって飛んできたのです。
赤ひげ『っ!しまった!!』
火に包まれ崩れ落ちる赤ひげ。その赤ひげに猛然と向かってくる鬼婆。
鬼婆の爪が赤ひげに襲いかかったその時、赤ひげの周りの見えない結界が発動します。
結界の反射により爪が折れ、もだえる鬼婆。赤ひげはその隙を見逃さずに懐から数珠を取り出し念仏を唱えます。
先ほどよりも輝きを増した光は一点に凝縮され鬼婆の胸を貫きました。
悲鳴をあげる鬼婆の姿が徐々に崩れはじめます。そんな中、鬼婆が何かつぶやき始めます。
鬼婆『。。。ワ。。。。シ。。。。。。ド。。。。モ』
赤ひげは巾着から治身粉を取りだし飲みます。するとひどかった火傷が不思議と回復し始めたのです。そしてようやく動けるようになった赤ひげは立ち上がり鬼婆を拝みます。
鬼婆『。。。。。タ。。。。シ。。。ノ。。。。。。。モ。。。』
鬼婆は何かを訴えるような目で赤ひげを見ています。赤ひげは筆を取り出し、和紙に念仏を書きます。そしてその札を苦しむ鬼婆に貼りました。
赤ひげ『これで少しは痛みが和らぐであろう。成仏する前に何か言い残すことがあればこの赤ひげが聞くぞ』
札を貼られた鬼婆の体の周りに日輪が現れ、体の崩壊を少し和らげています。
赤ひげ『お主はこの山に捨てられたのであろう。子が親を捨てるとは惨いことだ。。。』
鬼婆『ワタシ。。。。コドモ憎クナイ。。。。』
赤ひげ『なに?ではなぜこの世に未練を残し、村を襲うのだ?』
鬼婆『ワタシ。。。。ノ。。。コドモ。。。。殺サレタ。。。。。。コドモ。。。。殺サレル。。。。ワタシ。。。。コドモ。。。。隠ス。。』
赤ひげ『お主を捨てた子供が殺されたのか?』
鬼婆『ワタシノ。。。。コドモ。。。山賊ニ殺サレタ。。。。山賊カラ村守ッテ殺サレタ。。。山賊マタ村襲ウ。。。マタコドモ殺サレル。。。。ワタシコドモ助ケル。。。』
赤ひげ『そうか。。。。恨み憎しみの為に化けてでたのではなく、子を思うあまり死にきれなかったのだな。。。』
鬼婆はうなずきます。
鬼婆『。。。。コドモ。。。。ヲ。。。。守ッテ。。。。頼ム。。。』
そう言うと鬼婆は指を指します。
鬼婆『アソコ。。。ニ。。。。コドモイル。。。。。コドモヲ。。。。。守ッテ。。。。。。。。。。。。。。。。頼ム』
日輪の中、般若の顔が崩れ落ち全てが光となって空に飛んで行きました。
赤ひげは光を拝み念仏を唱えました。
自分のことを捨てたとはいえ、その子供のことが心配で心配で死んでもなもこの世に留まり続けた鬼婆。子が親を捨てるような時代でも、親の愛は変わらず不滅なものなのだ。赤ひげの唱える念仏はいつまでも止むことはなく、信濃の山にこだまします。山に捨てられた全ての老母達に届くようにいつまでもいつまでも。。。
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