他愛もない話から人生の素晴らしさを知ってもらおうと書いていますひげひげ人生劇場。今回は悪ひげの与力試験にまつわるお話です。
尾張と三河の国境。各地の村を荒らす野武士のアジトがそこにはありました。
普段なら農民から奪い取った戦利品を前に酒宴で賑わう野武士の姿があるのですが、今日は野武士の笑い声が聞こえません。変わりに金属と金属が激しくぶつかり合う音が鳴り響いています。
野武士頭「ま、まて!我らが悪かった。奪ったものはすべて返すから命だけは。。。」
悪ひげ「私達もあなたがたの命を奪うつもりはありません。今後改心するというのであれば今回は見逃します」
野武士頭「わ、わかった。今後一切農民どもには手出しをしない。約束する!」
くの一「悪ひげ!こんな奴らどうせまた悪さを働くに違いないよ!今のうちに禍根を断つべきだ」
悪ひげはいきり立つくの一をなだめます。
悪ひげ「どんな人だってやり直す機会を与えてあげなくっちゃ。お頭さん、きっと真面目になってくれるよね?」
野武士頭は小刻みに震えながら頷くと一目散に逃げ出しました。
くの一「ったく!アンタって奴はまったく甘いんだから。いつかその甘さが命取りになるよ。忍びである以上常に非情でなくっちゃ!」
悪ひげ「うん。。。私って忍びにむいてないのかもね」
落ち込む悪ひげ。呆れながらもくの一は悪ひげの背中をポンと叩きます。
くの一「忍びには向いてないかもしれないけど、アンタのその性格私は好きだよ」
青ひげが富士に散って数年。かつて幼く非力だった悪ひげも今では一人で様々な任務を遂行できるほどに育っていました。そして今では相方のくの一「霞み草」と共に各地の野武士を退治する任務を受けています。頭領の薦めで出会った二人。霞み草は悪ひげと違い剣術の腕も、また冷徹なまでに任務を遂行する強い力も兼ね備えていていつも悪ひげを引っ張ってくれていました。
霞み草「今日の任務はうまく出来たけど、やっぱりあの頭はとどめを刺すべきだったなぁ」
茶屋で団子を食べながら霞み草は一人ぼやきます。
悪ひげ「そんなことないよ。きっと更正してくれるよ」
霞み草「。。。悪ひげ。アンタの優しい気持ちはわからなくないが、今の世は戦国なんだ。食うか食われるか、背中を見せたら斬られる時代なんだよ」
悪ひげ「うん。。。そんな時代だからこそ私は相手を思いやる心を大切にしたいの」
霞み草「まったく!!アンタって奴はどうしようもないねぇ。。。いいかい?こちらが相手を信用しても相手が自分のこと信じるかなんてわからないんだよ!?」
悪ひげ「。。。じゃあ霞み草は私のこと信じられない?」
霞み草「っつ!。。。はぁ。。。アンタにゃかなわないよ」
そう言うと霞み草は笑いながら自分の団子と一緒に悪ひげの分の団子も頬張りました。
悪ひげ「あー!ちょっとそれ私のだよっ!!」
のどかな昼下がりの太陽が心地よく辺りを照らしていました。
それから数ヶ月の間、悪ひげと霞み草は農民に対し悪行を働く野武士や盗賊を退治して各地を回りました。
尾張、美濃、信濃、甲斐、相模、越後。。。そして長い遠征の末、故郷の三河・岡崎に戻ってきたのです。
久しぶりに帰ってきた岡崎。悪ひげは嬉しくてたまりません。はしゃぐ悪ひげを押さえつけて霞み草は岡崎の城門をくぐります。
そこで二人が目にしたものは、海産物や山の幸を声高らかに売り歩く商人の姿や無邪気に走り回る子供達、剣術の稽古に勤しむ若者達の姿ではなく、力なく歩く警護兵や一心に念仏を唱えている老人、何かに怯えたような目つきな町人の姿でした。
城下に入るまではしゃいでい騒いでいた悪ひげもこの光景には呆然とするしかありませんでした。
悪ひげ「これが。。。岡崎!?」
霞み草「悪ひげ!忍寮に急ぐよ!」
立ち尽くす悪ひげの腕をとり霞み草は岡崎城に走り出しました。
忍寮の前には頭領が立っていました。
霞み草「霞み草、悪ひげ、野武士討伐の任を追えただいま戻りました」
すっと立膝をつき頭領に頭を下げる霞み草。それをみて悪ひげも慌てて立膝をつきます。
頭領「うむ!ご苦労であった。本日は長旅の疲れをとるためゆっくりと休むがよい」
悪ひげ・霞み草「はっ!」
すると、頭領の顔がほころびはじめ満面の笑みに変わりました。
頭領「わっはっは!!堅苦しい挨拶はもうよかろう。二人ともよく無事に帰った」
悪ひげと霞み草の顔にも笑顔が広がります。 その日の夜は帰ってきた二人を囲んで忍寮全員で食事をして、二人の土産話にも花が咲き皆、いっときの安らぎを謳歌していました。
なごやかな雰囲気も一段落したところで霞み草が頭領に向き直り真剣な面持ちで尋ねました。
霞み草「頭領、私達がいない間に岡崎の街もずいぶん変わったように思うのですが。。。」
その霞み草の言葉でその場全体の空気が一気に変わりました。
悪ひげも饅頭を口いっぱいに頬張っていましたが、その場の空気を読み取りおそるおそる手にしていた饅頭を皿に戻します。
頭領「うむ。。。今川との戦が長引いておってのぅ。始めの頃は士気も高かったが、膠着状態になってからは活気がなくなる一方でな。。。」
一同沈黙のまま時間が流れます。
頭領「他の国も激しい戦が続くと聞く。この乱世、終末が見えぬわ。。。」
悪ひげも野武士退治で転戦していた時、各地の荒廃ぶりを見てきました。岡崎だけではなく他の町も活気がなくなっているのを。
皆が思い思いに戦乱の苦しさをかみ締めているとき、悪ひげが頬張っていた饅頭が喉につまらせむせ始めます。
悪ひげ「!!けほっ!けほっ!み、水!!」
下忍たちが慌てて水を運んできて悪ひげに飲ませます。重苦しい雰囲気が手のひらを返した様に騒がしくなります。
頭領「まったく、あやつの間抜けっぷりは何も変わっておらぬな。おぬしも苦労したであろう?」
頭領は霞み草をみやります。
霞み草「ええ。。。本当に」
悪ひげを見て笑っている霞み草ですが、その目はどこか悲しげでした。
野武士退治の任務を終え帰国してから数日。悪ひげ・霞み草の組みも解散となり、お互いに剣術と忍術を修行する日が続きました。
そんな二人を頭領は暖かなかつ厳しい目で見守っていました。
ある日の夜、悪ひげは頭領に呼ばれました。
頭領「おぬしを呼んだのは他でもない。野武士退治を見事に成し遂げたことに対する沙汰が出たのだ。おぬしを与力に昇進させる話がある」
悪ひげはびっくりしてしまいます。
悪ひげ「私が与力ですか!?」
頭領「うむ、しかし与力昇進はもうひとつ任務を達成してからの話だ」
悪ひげ「もう一つの任務?」
頭領「我ら忍びの掟は絶対だ。しかし悲しいことにその掟を破って脱走するものも決して少なくはない。おぬしにはその忍びたちの始末をつけてもらいたい。その際、生死は問わぬ。ここに連れ戻せぬ様であれば情報を漏らされる前に闇に葬るのだ」
悪ひげ「。。。殺すということですか?」
頭領「そうだ。内情を知るものを野放しにはしておけぬ。また、忍びたるもの国や里を捨てるということがどういうことか知ってのことであろう。容赦は無用だ」
悪ひげ「。。。はい」
頭領「出立は明朝。皆が起きる前に出かけるのだ。他言無用。抜け忍は尾張の山麓に潜んでいるという話だ。くれぐれもぬかることのないようにな」
悪ひげ「はっ!」
翌朝まだ朝もやが立ちこめる中、悪ひげは岡崎を後にします。悪ひげが旅立つのを見送った頭領の元に上忍が寄り添います。
上忍「あれで良かったのでしょうか。。。」
頭領「うむ。。。悪ひげが一人でやらねばならぬことだ。。。」
太陽が昇り始めた頃、一人走る悪ひげの姿がありました。
抜け忍も追われることはわかっているはず。決して安易な任務ではないのだ。
尾張に入国し抜け忍が潜んでいるであろう山麓につく頃には夜になっていました。
暗がりの中、抜け忍を探していると人家に出くわしました。中を調べてみると人がいた形跡が残されています。しかもまだ新しい。。。
そのとき、悪ひげの背後から声がします。
「遂に抜け忍の私を裁きにきたのかい?」
その声は悪ひげの良く知っている声でした。
そして月明かりに照らし出されたその声の主は、誰であろう悪ひげの良く知ったくの一、霞み草だったのです。
悪ひげ「霞み草?なんであなたがここに?。。。私を裁きに。。。?まさかあなた。。。」
霞み草「そのまさかさ。アタシがアンタの追ってきた抜け忍だよ」
悪ひげ「なんで!?なんで抜け忍なんてしたの?」
霞み草「。。。アンタに隠していたけど、実はワタシ今川に仕える忍びなのよ」
悪ひげ「!!」
霞み草「アタシの任務は徳川の忍寮に潜入してその内情を今川本国に伝えること」
悪ひげ「そ、そんな。。。」
霞み草「ホントならもっと潜入していろいろ調べたかったのだけれど、徳川の忍びも馬鹿じゃないからね。さすがにそろそろ潮時だわ」
悪ひげ「嘘でしょ!?霞み草!何かの間違いでしょ!?
霞み草「ごめんなさいね。自分が信用しても相手は信じてくれるかどうかわからないものなのよ。これが現実。これが乱世よ!」
あまりの衝撃に立ち尽くす悪ひげ。霞み草はそんな悪ひげに歩み寄ります。
霞み草「あなたとの旅はとても楽しかったわ。でも、もうおしまい。これだけの秘密を知ったからにはあなたには死んでもらうわ」
悪ひげ「霞み草。。。嘘なんでしょ?誰かに言わされてるんでしょ?」
霞み草「ふふっ、理解力の乏しい子ね。目の前での出来事を迅速に処理できない様じゃ忍び失格だわ!」
そう言って霞み草は短刀を抜き悪ひげに斬りかかります。ですが悪ひげは間一髪の所で斬撃を避けれました。
悪ひげ「まって!仮にあなたが今川の手の者だろうと私はあなたと争うつもりはないわ!」
霞み草「いつまでたっても甘ちゃんね。抜け忍を相手にしにきたのでしょ?こうなることを想定してないの?」
悪ひげ「だってまさかあなただとは。。。」
霞み草「応戦するつもりがないのなら話は早いわ、さっさっと死んでちょうだい!!」
悪ひげの説得もむなしく霞み草は短刀を振り回し続けます。なんとか避けていた悪ひげですが遂に死角に追い詰められてしまいます。
霞み草「もう逃げられないわよ。そろそろ観念したらどう?」
悪ひげ「やめて、霞み草!」
霞み草「。。。さようなら悪ひげ」
霞み草が渾身の力を込めて放った一撃。とっさに悪ひげも隠し持っていた短刀を抜きます。
次の瞬間、倒れていたのは霞み草でした。悪ひげが抜き放った短刀の方が一瞬早かったのです。
霞み草「。。。はぁはぁ、やればできるじゃない。。。」
倒れた霞み草に駆け寄る悪ひげ。抱き起こそうとしますが、傷は致命傷でした。
悪ひげ「霞み草、しっかりして死んじゃイヤ!」
霞み草「。。。私はもう助からないわ。自分のことだものそれくらいわかる」
悪ひげ「そんなことない!きっと助かる。私が助ける!」
霞み草は力を振り絞って悪ひげの腕を掴みます。
霞み草「いいのよ。抜け忍は斬られるのが運命だもの。。。それよりも聞いてもらいたいことがあるの。あなたにどうしても伝えなくてはならないこと。。。」
霞み草の口からは血があふれ始めています。
霞み草「はぁはぁ。。。アタシは、あなたと同じで幼い頃に両親を亡くし忍びに育てられたの。アタシを育てた忍びはアタシに感情というものを一切捨てるように言ったわ。それが忍びになるには大事だからって。。。だからアタシは言われるがままに感情を捨てた。物心付く頃には任務のためなら人を斬ってもなんとも思わなくなってた。。。そんな時、三河潜入の任を受けてアンタと出会ったの。アンタは出会った頃から甘ちゃんだった。そしてそれは今も変わらない。始めはそんなアンタの性格がとても疎ましく思ったわ。でもアンタと旅をしていて分かったの、アタシはアンタに憧れていたのよ。アンタのように情けをかけられる優しい心に憧れていたのよ。。。アタシには任務以外何もない。でもアンタは任務以外にたくさんのことがある。。。。アンタのように生きてみたい。いつしかアタシにはそんな気持ちが芽生え始めていたの。。。」
そこまで言うと霞み草は血を吐きました。
悪ひげ「もういい。もう分かったからそれ以上しゃべらないで!」
霞み草「。。。この場所を覚えているかい悪ひげ。アンタと野武士退治で来た場所だよ。かつて野武士のアジトがあったところさ。。。。ふふ、でもそんな感じしないだろ?なぜだと思う?」
霞み草の体から徐々に生気が抜けていくのが悪ひげには感じられます。
霞み草「あのとき、アンタが逃がしてやった野武士の頭、アイツが改心してここに里を築いてるんだよ。アンタに助けてもらった命でこれからは迷惑かけた人に償うために真面目に働いてるんだ」
悪ひげ「あのお頭さんが。。。」
霞み草「そうだよ。。。アンタの言う通りどんな奴だってきっかけさえありゃ変われるんだよ。。。」
すると暗闇の中から淡い光を放つ蛍が飛んできました。その数は徐々に増え、いつしか二人の周りには無数の蛍が舞っていました。
霞み草「。。。今まで蛍なんて気にも留めたことがなかったが、こんなにも美しいものなのだな。。。」
悪ひげ「霞み草。。。」
霞み草「悪ひげ。。。今度アタシが生まれ変わった時にはアンタが言う争いのない世界になっているかな?」
悪ひげは泣きながら頷きます。
霞み草「そっか、それなら死ぬのも怖くないな。。。今度目が覚めたときはみんなが笑っている世界が待っているのだから」
悪ひげ「霞み草。。。私。。。私。。。」
霞み草「悪ひげ。。。アンタと旅していた時がアタシの人生で一番幸せな時間だったよ。。。最後にごめんね。。。そして、ありがとう。。。」
霞み草の腕が悪ひげから離れ力なく崩れ落ちます。
悪ひげ「霞み草!霞み草!!」
冷たくなっていく霞み草の体を抱いて声をあげて泣く悪ひげでした。
その後、改心した野武士頭の手によりその場所は立派な村になりました。そして夏になると川にはたくさんの蛍が飛び交い、近隣の里の者たちまでが押しかけるほどの大盛況。また、蛍が集まる川辺にはだれが植えたのかは分からないかすみ草の花が小さな白いつぼみをつけてひっそりと咲いているのだそうです。
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