近江武将一覧

田中吉政(タナカ ヨシマサ)

レベル:数

65:7

合戦配置陣

先鋒

タイプ

官吏

戦闘開始時セリフ

田中_セリフ.JPG
お主! わしを農民上がりの
成り上がり者と侮ると、
後悔することになるぞ!
○○○○!
はっはっは! 運があるわ!
お主を今度こそ倒すぞ!

構成

名前職業レベル初期状態主な使用技能
田中吉政槍薬師50再生難治撃苦悶の霧狂風凶風全体完全治療蘇生・壱
小谷鍛冶衆刀鍛冶45怒号、守護術
福田寺僧兵槍僧45全体完全回復完全回復
甲賀幻術師懐剣陰陽45各種全体術、各種単体術
竹生島雅楽隊懐剣巫女45詠唱の韻・極
堅田衆刀侍45一所懸命沈黙の霧・壱崩落の計全体看破・弐、守護術
甲賀下忍懐剣二刀忍者45瞬殺閃朧の術、各種遁術・極

特徴

  • 普通の薬師武将

部隊アイテム

ドロップアイテム

列伝

久兵衛。長政・宇竹・久次・宗政。兵部大輔・侍従・筑後守。洗礼名はパルトロメヨ。近江国高島郡田中村の出自。1548年の生まれ。

ゲーム内の彼の言葉と同様、農民の出自であるとされ「寛政重修諸家譜」によれば橘氏の出自とされるが、定かではない。「藩翰譜」では田中宗弘の子であるとされ、田中村の土着農民とされる。「古代氏族系譜集成」では父を田中実氏としており、諸説あるが、いずれも高島郡の出自としており、田中村から現れた人物であることはほぼ間違いない。

はじめ宮部継潤の若衆として仕え、主君とともに信長、ついで秀吉に使え継潤から1500石を与えられる。
のち1588年に秀吉の命により豊臣秀次つきの大名として近江国八幡山城主となり3万石を与えられる。
1590年の小田原の役の後、三河岡崎城主として5万7千石に加増転封される。
1596年の秀次切腹においては秀次付の大名も多くが処罰を受けるが、吉政は生前の秀次を諌止しようと勤めたため、処罰を免れたとされる。
のちこれに加えて4万石を与えられ、約10万石の大名となるとともに、尾張国知多にあった豊臣家の直轄領3万石の代官となる。
東海道を領していた人物は豊臣家重臣が多かった。これは徳川家康への押さえとして配置されていた。しかし1600年の関ヶ原では東軍に付き、岐阜城攻め、関ヶ原本戦にも参加し、西軍総帥の石田三成の居城であった佐和山城攻めに参加し、同年9月23日に、潜伏中の石田三成を捕らえる。
その功により筑後国柳川城主として32万5千石を与えられ、その後は領内経営に尽力するとともに、国柄キリスト教徒が多かったため、自身もキリスト教徒となり、これを保護する。
1609年に江戸に上る途上、伏見で急死。享年62。

その他情報

  • 家庭的でなく会社人であり現代人であつた「「「「 -- 田中の子孫? 2013-04-30 (火) 08:28:37